2021年9月25日 年齢を覚えなおす

誕生日だった。隔週のラジオを聞いているうちに迎え、不完全なマイナスポトフを作り、オモコロのイベントを見て一日の終わりに向かっている。充実はしていたけれど已然として部屋は散らかっているし、因果がわからないまま心身に不調らしき影(たまにあるやつ)があるし、また年齢が変わってしまった。覚えなおさないといけない。年齢を覚えなくちゃならないのが嫌だから誕生日こないでほしいな。たまに祝ってもらえることがあったり、他人に自分を思い出してもらえるきっかけになることがあるから消えてしまっていない実感になっていいけど年齢、不変になってくれないかな。年齢制度が廃れて、生まれ年で自己を紹介するような流れになってくれたらいいな。

つくったマイナスポトフ。あまり絵面がきれいではないですが、はじめて食べる味でおなかがいっぱいになった。ソースの酸味が強くないほうがたぶん好きだから次はそうしよう、と思った。でもこれ作るのに2時間かかったこと思うと次はいつになるのか…と遠い気もちになる。せっかく作ろうと思い立ったのに、材料が足りていなかったのが痛手だった。(味の素はないのにローリエはあった)あの味には絶対ならないことがわかってるまま時間かけちゃった。また作りたい!いつになるかわからないけど!忘れないうちに作ろう…それか、誕生日の恒例料理みたいにしてもいいかもしれない

オモコロイベントはなんというかざわざわとしていた。面白くて飲み水をこぼしちゃったせいでズボンが濡れたりもしたけれど、直視したくない場面もあって 永田さんが心臓の心配をしていたから、心身の不調の原因の一端がここにあってもおかしくないと思っている。終わってから思い出すのが難しいイベントだった。何でいちばん笑ったかもよく覚えてない。体感では瞬間がたくさん重なっていて、初めて見るその重なりが面白かった気がするから、アーカイブ見ても思い出せないと思う。”初めて見る”のと”見返す”のではどうしても違ってきちゃいますね、やっぱりどうしても。1回目の感覚は何回見返しても見つからないもやもやを残したりする。それを探し当てられる快感があるから、ついまたやっちゃうことが多い。いまのところもやもやとしたままのほうが多いのだけど、最近はもやもやが多くなりすぎて個別に見ることができなくなってきているから、もやもやとして受け取っていないかも。またあれだ…と思うことはあるけど、それ以上なにか思うようなことが少ない。このイベントもその大きなもやのなかに取り込まれていきました。あ、誕生日おわった。おわりにします。