2022年1月18日 潮騒と潮騒のメモリー/はじめての2ちゃんねる

ここしばらくあまちゃん見返してる。このドラマの中では「潮騒のメモリー」という映画が撮られる。これは原作が三島由紀夫の『潮騒』という設定になっているが、実際にドラマでない現実の世界で『潮騒』を原作としているのは山口百恵が主演を務めた「潮騒」だ。

https://twitter.com/eudoftheworld/status/1477900391321063425?s=21

【ドラマ内】映画「潮騒のメモリー」主演 鈴鹿ひろ美(薬師丸ひろ子)原作 三島由紀夫鈴鹿ひろ美にとってデビュー作

【実在】映画「潮騒」主演 山口百恵 原作 三島由紀夫

124話で映画と主演アイドルの話になったとき、台詞の中で「「伊豆の踊り子」の山口百恵」が話題に上ったのは、ドラマ内で『潮騒』を題材に使っているから「潮騒」の山口百恵と言うわけにはいかなかったんだろう、と思う。山口百恵が主演の映画からなら選び放題ではあるだろうけど。あまちゃんには松田聖子など実在するアイドルが登場するから、映画潮騒へのオマージュをしつつ、ドラマの内容とうまくぶつからない要素を持ってきた台詞に思えた。放送当時は山口百恵のことも途中に出てくる小ネタの元ネタ(Queenとか)もよくわからず見ていたから気づいていなかったな。割と最近ではあるけど山口百恵潮騒も見た。潮騒のメモリーよりも、潮騒のメモリー〜母娘の島〜のほうが山口百恵潮騒に近かったような気がする。びしょびしょになって一夜を過ごす小屋とか。さすがに海女の乳比べはなかった。朝ドラじゃなくても放送できないか。

すっかりストーリーを忘れてたから新鮮に楽しめてる。東京→北三陸→東京へ、能年玲奈演じるアキちゃんが引っ越しを繰り返すのは覚えてたけど、なんでそうなるんだったかとかそういう、ストーリーの大事なところを忘れてた。\(‘jjj’)/

バンプを一本道で考えようとするやつ、まだ続けている。宇宙飛行士への手紙/モーターサイクル聴いていたら、一本道だけど一周する一本道なんじゃないかと思ってきた。現在までの25年以上をひとつにまとめるのはものすごく難しいけど、少しずつ自分の見え方で見えてくるのが面白い。相変わらず中身晒すみたいな恥ずかしさは消えない。大事な部分だから仕方ないか。引き続きやります。いつになったら終わらせられるかな。やり遂げたい。aurora ark終わってからアカシア/GravityあたりまでのROCKIN' ON JAPANの藤くんのインタビュー読んでたら「中二病って言ってくれていいし、メンヘラって言ってくれていいからね」って文字起こしされた文があって、藤原基央の受け入れようとする世界の大きさに驚いた。どこまでも大きくて優しく受け止めて嫌わせないつもりみたいに感じるような態度があることを再確認するとともに、そういう単語を明言する驚きがあった。2ちゃんが2ちゃんだった頃、初めてちゃんとページとして触れた2ちゃんが邦ロックを貶しまくるようなところだったせいで2ちゃんのことも敬遠するようになっちゃったことを思い出した。好きになり始めたばかりのバンドたちがけちょんけちょんに言われてたのが嫌だった。直接でなくても本人の目や耳に届いてるのかな。攻撃的なお便りとか問い合わせも読まれないだけでいくらかあるのかもしれない。

さっき、2ちゃんについて「初めてちゃんとページとして触れた」って説明したのは、それより前に最初に音として触れた2ちゃんねるがあったからだ。小学校の帰りのホームルームで担任の先生が読み上げる不審者情報が最初だった。不確かな記憶ではあるけど、たしか犯罪予告がされたことに対する注意喚起だった。当時の自分は2ちゃんねるが何なのか理解していなかったし、(いまも何となくしかわからない)テレビの2ch以外に2ちゃんと呼ばれる存在があることを初めて知った。偶然触れていたインターネットが、後になって判明することがときどきあって面白い。Webやぎの目とか地獄のミサワとかシモダテツヤとか。※

※小学校の図書館でよく借りてた『死ぬかと思った』シリーズがWebやぎの目林雄司)だったし、中学のときに聞いてた能年玲奈のラジオで好きだと言ってたうえに「惚れさせ男子ごっこ」というコーナーまで作ってたのが地獄のミサワだったし、中学から高校くらいの頃に好きになったAR三兄弟の番組(録画して何回か見たうえにダビングまでした番組)にバーグハンバーグバーグの社長としてシモダテツヤが出ていた。

住んでる地域がまた、制限のある地域になる。仕方ないけど仕方ないって何回言えばいいんだ。家の中は世界が高すぎる。ほんとだよ。マスクしなきゃな、と思うだけで外出に気軽さがなくなる。行きたい場所が増える一方だ。家のなかにも積読が山ほどあったり、やるべきこともやりたいこともたくさんあるからしばらくまたお家のなかの時間増やすようにするか。太陽の光なら家のなかでも窓際なら浴びられるおうちでよかった〜。ちっちゃいワンダーコアもあるしな!つよい味方と思ってすごそう。家のなかでは信念がぐにゃぐにゃ曲がりがちだ。計画を立てたい!

2022年1月16日 生活はちと不確定

津波津波…?たぶん厳密には津波じゃないらしい潮位上昇があったらしい。昨夜、住んでる場所は大丈夫ぽい と思って眠気に負けて寝た。寝ている間に、場所によっては津波が来ていたらしい。起きてから自分の危機感のなさに落ち込んだ。地震とか天災の速報ニュースをしていると、ずっと見てしまう。

売った本のお金を受け取りに出かけた。うっすらと落ち込みが続いていたから、とりあえず歩いた。歩くエネルギーがあるときは歩いていると事態が快方に向かうことが多い。古本屋、たまに行くとたのしいけど 続けていくと変化が少なくてつまらないことが多い。でも1冊買った。売った本のお金で新たな本を買うとき、すこしだけ永久機関の一部になったような気になる。ぜんぜんそんなことはない。古本屋に向かう道の途中に、木で出来たキリンの上に犬のぬいぐるみが置いてあったのはよかった。閉店中の店先に、思いつきみたいに置いてあった。犬のぬいぐるみを置く場所を探しているときにたまたま置いてみたらしっくりきちゃったのかもしれない。偶然が生んだ奇妙さというか。帰りはアイスを食べたいから1駅分歩いた。

今週はポンツカもロック大陸漫遊記も聞き逃さなかった。先週は先々週の聞き逃し放送を聞き逃しちゃったから。相変わらず見ていないオモコロチャンネルは溜まっている。ちょうど気づいたタイミングがロク漫の時間だったから久しぶり(2〜3年ぶり?)にリアタイした。ベースの田村さんがゲストだった。途中からラジオ聴く感じとか、かかるまでオンエア曲がわからないロク漫が久しぶりすぎて新鮮だった。また、もっとラジオ聞きたいけど、そうするともっとオモコロが疎かになるだろうな。本格的に過去の生活に戻るような。日曜日はバンプスピッツサカナクションもラジオがあるから、聞き逃しを溜めていると忙しい。もっというと、山下達郎細野晴臣もイルカも確か日曜日で、聞いてみたいのに聞き逃し溜め込んで聞いてない。今日はポンツカないらしいから寝るか、夜だしな。急なメンテナンスなんかこれまであったっけ。何となく心配になる。特に表になってる情報がないから、これから悪いニュースがあったりするのか、と身構えてる。またポンツカ休止したりするのかなあ。仕方ないけど、仕方ないことを理由にするのいやだ!いやだいやだいやだ!Silver Jubileeも開催できるのか…チケットも持っていないのに心配だ…何もかも不確定すぎる。いつだって不確定だけど、いまの不確定さほどじゃない。早く、もっと確率の高い世界に戻ってほしい。

2022年1月15日 未事故

数年前、自動車の免許を取った。慣れないといけないと半ば義務感からちょこちょこ運転しているけれど運転するたびに道路が嫌になる。大きな鉄の塊がビュンビュン走ってる意味もわからないし、それを人間が運転してるのもわからない。前に走る車を免許持ってない人が運転してたとしても後ろからじゃわからない。道路への信頼が揺らいで怖くなる。制限速度守らない車が多すぎてそれがルールみたいになってるのも嫌だ。一般道を60km/h以上で走りたくない。法定速度超えてる車のなかでは法定速度で走る車は流れに乗っていなくて危ない、みたいな言い草の意味がわからない。みんなで法定速度通りに走ったらいいんじゃないんですか。なんでこっちが合わせなくちゃならないんだ。左車線をのんびり走りたい。

運転に慣れない。まだ事故を起こしたことがないけど、事故を起こしたことがないうちは「いつか事故を起こすかもしれない」と思い続け、いつか事故を起こす日が来たら「やってしまった……」と思うだけなの、安穏の収まる隙間がない。のんびりぼんやり運転してる車も怖いから、ぜんぶ嫌だ。青信号なら発進していいことになってるけど、車の動く速度と信号が青から黄、黄から赤に変わるタイミングがうまく掴めない。それぞれ信号ごとに違ったりする。あ"〜!!青信号を通り過ぎるたび、「黄色に変わらないでくれ…」と思ってるからずっと負担がかかり続けてる。赤信号も急に青信号に変わったりするから油断できない。油断しながら運転して事故しちゃったらと思っても怖い。ずっと同じことを言っている。なんで免許なんか取ったんだ……取らなきゃよかった……と思いながら運転に慣れるために運転してる。ほんとにいつか慣れるのか?!乗ってるうちにいつか慣れるよ〜って何度も言われたけど、技術的にある程度慣れても、心理的に慣れないと乗りたくなさが残り続けて大変だ。今年もうっすらと頑張れたらいいけど何のために…?乗ると事故起こす可能性が生まれるのに。俺はまだ事故を起こしたことないだけ。

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よく行く古本屋行ったら、オリンピックの前に話題になってた小山田圭吾をゲストにしたいじめ対談とか載ってるQuick Japan(1995)があった。オウムとか漫画とかいろいろ載ってた。読んだ感触としては、当たり前みたいにいじめたことが書かれているから 斜めに読んでたら「そういうこともあるか〜」と軽く思ってしまいそうだった。小山田圭吾の悪さというよりインタビュアーの悪趣味さのほうが感じられた。元いじめられっ子への追跡調査ってトラウマを掘り返すようなものだったりしないのか。過去の行為は消えないし、それを語った(ことになってるインタビュー記事が出てる)事実も変わらないけど、現在の小山田圭吾と結びつけなければならないと言い切れないような気がする。いまのところ見えている切り取りの部分から思ってるだけのことだけど。いじめ紀行の連載そのものが悪い、みたいな意見も持てそうな気がしてる。加害側の話が語られてる場ってあまり見たことないからそれには価値があるのかもしれない。私も文字になっていない部分で訴えられることがあるかもしれない。自覚にはなっていないし、懸念もほとんどしていないけど。加害していたのに気づいていなかったり忘れていたとしたらどうしたらいいかわからない。覚えていてもわからないのに忘れていたらどうすれば…?わからない…見せられる誠意があるときはいいけど、なかったらどうしよう。まだ起こっていないことへのぼんやりとした不安。

https://youtu.be/bJxajh5XOgE

それはそうと、Flipper’s GuitarCorneliusもかっこいい。(METAFIVEはあまりよく知らないけど聴いたらたぶんかっこいいと思う!)小山田圭吾が音楽してくれていてよかったな〜またデザインあを見たい。新作でも過去作でも放送してくれ〜デザインあ展にまた行きたい。デザインあ第200回のライブほんとにかっこよかったなあ。デザインあ見なくなっちゃったあたりからピタゴラスイッチも見てない。ビー玉ビー助最近どうなってるんだろ。いまはデザインあの代わりにミミクリーズが録画されるからそれ見てる。楽しいし面白いけど、デザインあを見たい。

今日はSilver Jubileeの当落発表日だった。これまでCD先行から全部応募してきたけど全部「チケットをご用意することができませんでした」だった。もう何年も前からずっとバンプをいっしょに好きでいる友達といっしょに行きたいのにさあ!!!当たらないよ!!!行きたいよ!!!行かせてくださいお願いします!!!いまのままじゃ無理だ。1毎度のずつ別々に応募したらよかったのかなあ、チケットってまだあるの?わからない。一般とかあるのかなあ、あっても取れる気がしない。行きたい行きたい行きたい行きたい!!!来てねって言ってるし、行きたいのにまだ行けるかわからないんだ。予定ちゃんと空けてるのに!

行きたい、もう当落確認して落ち込みたくない…

2022年1月13日 海風

昨日の教訓を活かして寒さに備えたら、多少マシになった。それでもやっぱり寒いけど冬だから仕方ない。夜は静かで誰にも邪魔されなくて好きだけど、風呂入ったあとからはずっと眠い。夜を楽しむのが難しい。うまく寝れなかった夜がこれまでで数えられるくらいしかないから、寝入るのはたぶん得意なほうなんだと思う。これだって、すごく眠いなか書いてる。公開するボタン押す前に寝落ちちゃう可能性だってある。

ご飯食べて、エネルギーに変えてるらしい身体の内側の実感なかなかうまくもてない。何を、どのくらい食べるか、食べ始める前から考えておいたほうがいいのに、いまだにわからないからちょっとずつ食べる。ちょっとずつ食べるのに急に満腹のラインを超える瞬間がある。ちょうどよく食べられる大人になりたい。

時間とうまくやっていけたらいいのに、いつも遅れる。いまじゃなくて、ちょっと過去を生きてるような。今日も予定に遅れていたら、持ち物も予定も変えて、何もしない散歩しかできなくなった。営業時間と移動時間が迫ってきて、追い抜かされた。あーーー。

外に出たのは夕方以降だったはずなのに、海からの風が強い。冬ってそうなの?海(からの)風は、日が出て暑い時間帯に吹くんじゃなかったっけ?と思いながら歩いた。海はただ大きくてそこにある。埋め立て地から海の端が少しだけ見えるだけだけど。

海の大きさと悩みの小ささ比べて、ちっぽけな悩みだから、とどうでもよくなるのまだわからない。世界の中のちっぽけな存在でしかない悩みに困ったりしてる自分の小ささのことから目を背けてる気がしてなんのためにしてるのかわからないままいる。な、ふ、ふくふ

(日記はここで朝になっている)

2022年1月12日 フリクリ

フリクリ見た。見始めたのは3回目で見終えたのは2回目。

ure.pia.co.jp

この記事でARuFaさんがおすすめしていたのをきっかけに見た。ぜんぜんわからないままストーリーが進んでいって、ただただかっこよかった感覚が残ってる。

・最初の感想→リッケンで殴るの?!!高いのでは…?!電源付きのリッケンなの面白い、V字ギターだ、SGベースだ!!(私はSGが好き)かっこいいな~かっこいい!モデル本谷有希子なの?EDでアニメから実写に移り変わるところでこれが2000年のアニメだったこと思い出す。アニメのモデルって何?エヴァちゃんと見たことないけど、こんな感じなのかな。〈調べる…〉どうやら監督がエヴァと関連ある人らしい…全6話、すぐ終わっちゃった…また見たい。the pillowsあんま聴いたことなかったけどかっこよかった。フリクリのサントラから聴いてみてもいいかも。

・今回の感想→二回目だけどわからない、けどかっこいい!ずっとピロウズがかかってるから、曲知ってるひとだと、この音がBGMにならずにイントロとか間奏とかアウトロに聞こえたりするのかもしれない。ハイブリッドレインボウって聞き覚えがあると思ったら、バンプがカバーしてるらしい。そのトリビュート持ってないんだった…

前回の日記で、天体観測(ドラマ)に流れまくるバンプの曲を「ここでこの曲?!」と思いながら聞いたことを思うと、フリクリで流れてるピロウズの曲知ってる人からしたら「ここで?!」と思うことあったりするのかもしれないと思うようになった。そういう人たちもただ「かっけー!!」って思ってたりするかもしれないけど、なにか違うかもしれない。ピロウズを先に知ってて後からフリクリ見た人の感想を知りたい。

風船みたいな歌で胸の穴をとりあえず埋める(クリオネのワルツ)

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こんな感じの日だった。ずっと隙間なく音楽を感じて、気がそわそわするのをふさいでいた。ずっと家にいちゃいけないと思って散歩に出かけたら、上着が気温に対して薄くてずっと寒かった。もうしっかりしっかり防寒しなくちゃならない。冬って何回も過ごしてるのに、体感が変わったり、そもそも寒さのこと忘れているせいで思いのほか寒いなあと思って過ごす日が繰り返される。こういうあんまよくない日にスーパー行くとぼんやりしてしまうのも忘れてて、商品の前でぼんやりした。お腹いっぱいなわけでもない状態で、スーパーで五感が食べ物に囲まれているのに、食欲がわかなかった。いつもだったらにおい嗅ぐと食べたくなるのに。ぜんぜん食べる気も食べるために調理する気も起きない。つるつる食べられるものがよくなっちゃうとわざわざスーパーに行った意味がなくなる。ドラッグストアとかのほうがよかったじゃん!ゼリーとかさ!

気が疲れた。お風呂入ったからか、だいぶそわそわ落ち着いた。そわそわがなくなった瞬間があるはずなのに、いつも思い出せない。それにしても全方位寒い。寒さにたのしさ見いだせたの、ほんとに雪で遊べる間だけだった。「冬が寒くって本当によかった」のが雪の日の「スノースマイル」なの、そういうことかもしれない。雪に舞い上がってるたのしさも混ざってる歌だったのかー。

ごはんしっかり食べて、元気にいきたい。うまくいかないのに、絶望にもたどり着けない。ちょっとしか諦められない。なにもできてない感覚と、ほんとに何もできてない事実だ…やりたい!って言ってるのにやってないことばっか。

2022年1月10日 蝉の冬

気を抜くとすぐ1週間とか放置してしまう。これじゃあ週記になってしまう。紙にときどき書いている日記は平気で半年とか放置しているから、まだ短いけれどこれだって 忘れたらあっという間に数ヶ月放置できてしまったりするんだろうな。

雪が降った。もはや、あったな~くらいの感覚になりつつある。降っている間は部屋から降る様子を眺めて、翌日に万全の雪対策して散歩した。

公園で作った。たのしかった。近くで高校生くらいの男の人たちがでかい雪だるま作ってたのもよかった。ときどきしか雪降らない地に住んでいるから非日常でたのしい。水を通さない作りになっていると思っていた手袋をしていたはずなのに、気が付いたら中まで雪が染みていた。冷たい。手袋を外しても寒いけど、していても寒い。うっかり手が寒さに挟まれてしまった。雪で遊んだ日だけ、冬が寒くってよかったような気がする。いや、冬が寒いのは大変だ。このくらい寒いほうがいい 本当の震えに気付かないで済む、とも歌ってた。寒さのいいところを見つけるのがうまいのかもしれない。寒い寒い寒い寒い。秋のうちに冬まで続く予定を立てるとき、冬の寒さ忘れないように気をつけるのにその予想超えて寒くなる。冬のつらさ忘れちゃうの、なあ~ つらさ忘れちゃいがちなのはいいけど、計画立てるのに向かない。

この自分のツイート、傲慢な気がする。蝉が見てる冬を知らないだけだ。私が見てる冬と蝉が見てる冬が違うだけなのに一方的に押し付けたい願望を包んでツイートしてるだけに見える。そう思って書き始めたけど、私が見てる冬を蝉に見てもらいたい気持ちを書いたようにも思えてきた。蝉が見てる冬も知りたい。だから、「蝉に冬の空も見せてあげたい」というよりも「蝉と冬を見せ合いたい」んだろうな。そういうツイートです。

いま、好きな言葉を提出しなくちゃならなくて ものすごく迷っている。梅酒(高村光太郎)の「夜風も絶えた」とか春の実体(萩原朔太郎)の「春がみつちりとふくれてしまつた」とか詩の引用にするか、短歌や自由律俳句を選ぶか、その他すきな短文(ツイートとか)も候補に入れつつ、ああでもないこうでもないと寄り道をしながら迷いに迷っている。

天体観測(ドラマ)を見終わった。2002年のドラマでBUMP OF CHICKENの天体観測がもとになっているらしい、と聞き気になっていつか見ようと思っていた。
FLAME VEINTHE LIVING DEAD、jupiterのさまざまな曲(特に天体観測、ベル、メロディーフラッグ)がかかりまくっていた。第1話の冒頭は、いきなりStage of the groundのイントロから始まる。ここでその曲をかけるの?!と驚くシーンが多かった。続・くだらない唄がかかるシーンとか、jupiterって名前のバーにベルとかリリィが流れてるシーンとか。特に第2話の天体観測のかかるタイミングが強く印象に残っている。上司にビンタされたシーンの直後にイントロが流れ始めた。他にも天体観測がかかるシーンはいくつか不穏な雰囲気のあるシーンがあった(そうじゃないシーンもある)から、あのイントロのハウってるような音に不穏を感じてたのかもしれない。Wikipediaには挿入歌に「天体観測」「くだらない唄」「リトルブレイバー」「とっておきの唄」「ナイフ」「Opening」「ベストピクチャー」「リリィ」「Ever Lasting Lie」「Stage of the ground」「Title of mine」「メロディーフラッグ」「ベル」と書かれているけど、体感ではもう少し多かったような気がする。第8話の家出のシーンあたり「続・くだらない歌」かかってたような気がする。あと「ランプ」も流れてた気がする。ランプは最終話だったかな。話数重ねるごとにだんだん「ベル」と「Title of mine」が流れるタイミングが何となくわかるようになった。それくらい似たシーンで同じ曲が流れていた。見る前はてっきりモチーフになってるのは天体観測くらいなのかと思っていたら、がっつり何曲もかかっていた。なんとなくのちにリリースされた魔法の料理とか、その後のバンプの曲に通ずるようなトラックもあったり、壮大な二次創作を見ているみたいだった。ずっとバンプがかかってるのが面白かった。Stage of the groundから始まる第1話の冒頭がいちばんかっこよかったので、バンプ好きな人はそこだけでも見てほしい。曲かかりすぎて感動とかじゃなくて「このシーンでこの曲を?!」と思いながら全体的にへらへらしながら見ちゃったな…FLAME VEINTHE LIVING DEAD、jupiter知らないほうが純粋に見れるドラマなのかもしれない。もしまた見ることがあったら、挿入歌書き留めながら見たい。

2021年1月2日

ROCKIN' ON JAPANのいちばん新しい、マカロニえんぴつが表紙のロッキン。そのバンプ4人のインタビュー読もうとしてるのだけど、途中までしか読めないでいる。ちゃまが活動休止して、だんだんと復帰していく様子を自然みたいに思っちゃっていたことを如実に感じた。読みながら、3人を代表して藤くんだけが話していたポンツカのことを何度も思い出して、その度つらくなった。あの日のポンツカは、朝起きてからご飯食べて、お皿洗いながら気をやや逸らして聞いた。そのときはポンツカも聞き逃し続けたり、曲もあまり聴いていない期間だったけれど自分にとってどのくらいバンプが大切だったか、なくなってしまうことを思い浮かべることがどれだけ恐ろしいかを感じた。それまで具体的に思い浮かべてこなかったその事態が喫緊の話題として(そして取られなかった選択肢として)語られていたこと、震えながら話す声、傷つけてしまったことへ傷ついているような様子を聞いてしまったのが、たぶんつらかったんだと思う。自分でも驚くくらい泣いた。あのとき抱いていた感情はまだよくわからない。普段しないエゴサをして、受け止めようとする姿勢は藤原基央だしバンプらしいと思う。でもそのときは、「そんなことしないでほしい」「これ以上傷つくようなことはしないでほしい」と思っていたのは覚えている。自分が傷ついていないから、傷ついた人をいないみたいに思って、聞こえてくる藤くんの声にこれ以上傷つかないでほしいと思っていた。そのあとに出たCUTで藤くんが「BUMP OF CHICKENを終わらせるより、壊れるまでやり続けるべきだと思った」とかそういうようなことを語っているのを読んで一層その思いを強くした。壊れるまでやらないでほしい、と率直に思った。 渦中を抜けて、復帰したちゃまもポンツカに馴染んできている(まだメールも読まないしタイトルコールしないし各SNSは堅い)なかで活動休止なんてなかったみたいに思っちゃってた。ポンツカの返事が「はい」じゃなくなったり、4人でけらけら笑ってるラジオ聞けるようになったのうれしい。ポンツカで聞いたちゃまの声、いまでもたまに頭に流れてる。ひどぅんのときの「はいでぃんぐ」とか台湾からのメール読んでるときの「ジャーバーボエ?ホージャ!」(ご飯食べましたか?おいしいです!)とかが頭に残っていてたまに流れてくる。

この1年ちょっと、4人にとっては深刻であっても、私が深刻に受け止めないといけない理由はないけれど 自分がそれを無視していることすら気に留めていなかったのを自覚した。渦中のことを思い出しながら、同時に忘れていたことも思い出した。私は望んで彼らの過去の作品や発言を聞いたり見たり読んだりしてるだけだから、いまを見なくてもいいはずなのに。ロッキンを最後まで読めたら、いま置かれている状況ともうすこし向き合えるんだろうか。何も変わらなかったらどうしたらいいんだろうな、、られ 眠たい 寝る(おわり)