2023年3月19日 人・人・人

新宿くらいから原宿あたりまで歩いた。何も考えずに歩いていたら、新大久保と歌舞伎町をつっきるルートになってしまってストレスだった。日曜日ということもあるせいか、あまりに人が多すぎて人に酔った。目がだんだん痛くなって少し狭くなった。人が多すぎて目が見えなくなる感覚ってこれの延長にあるのかもしれない。だんだんと人が減り、千駄ヶ谷の地名が見え始めたあたりから少しずつ安心して進めるようになった。

歩くなら代々木くらいからにするのがいいな… 。あのあたりに人の多くない道があるのかわからないけど、遠回りしてでも人通りの多い道を避けたい。人が多すぎると漫ろな歩行が難しくなって自分が狭くなる。そんな道を通ってもただ苦しくなるばかりなので、今後はできる限り避けるようにする。

以下見つけたものなど。

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ドの濁点だけ小さい美容室の看板。


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動物たちが皮膚の疾患を言わされている。吹き出しで言わされている動物シリーズを集めたい。

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厳密な時期は知らないけど、このフォントを標識に見つけると知らない昭和を知れた気分になる。少なくともこの標識は昭和に設置されたものだった。

公園の気配に寄せられて向かった道沿いに新宿御苑があるらしかった。こんなところにあると思っていなかったので頭の中の地図がまたわからなくなった。知っている2点が意外と近くにあること、知らないだけでしばしばある。

城戸さんのサンポーの記事を読んでからぜったいに再訪したいと思っていた道も通った。記事の道はなんとなく頭に入っていたけど、かっこいい建物のところ以外はほとんど無視して自分の散歩をした。でもいつか記事にある程度沿って歩いてみてもたのしいかもしれない。

明治通りをおおよそ道なりに進んでいくと、見逃していた過去の自分を不思議に思うくらいかっこいい建物(記事にも出てきたVilla Biancaなど)が立ち並ぶ道があって、ものすごくよかった。建物はイメージしていた場所よりも原宿側にあった。その道沿いから入った狭い道で方向感覚を失い、迷子になれたのもよかった。どちらに行ってもいい道が続いているいい迷子だった。

代々木から渋谷まで歩く、私の最も好きな散歩を紹介したい|ジモトぶらぶらマガジン サンポー

そうして迷子になっていたら急に目の前に大きなスタジアムが現れた。調べたら国立競技場だった。こんな初対面をするとは。

初めて国会議事堂に対面したときも同じように迷子になっていたときだった。道に迷っていたら突然目の前に、ニュースでしか見たことなかった建物がドーンと現れた。迷子になった末に、国が作ったでかいものが急に目の前に現れる体験が2回もできることあるんだ。目の前に現れた瞬間だけ、実際の大きさよりひと回り大きく見える。たった今、空から舞い降りた建物のような気すらする。

一旦引き返して目的地を目指す。裏原あたりかなと思って歩いているのに思ってる裏原(目的地)じゃないところに出てしまうのを3回くらい繰り返したあたりで心が折れそうになり、仕方なくマップを見た。ぜんぜん違うところにいた。裏原って書いてあるフラッグがあったのにな。もしかして裏原って広い?

目的地に着いてフクザワさんの個展「午後には溶けていた」を見た。土下座くん可愛い。私も土下座くん肩に乗せて生活したいな。フクザワさんが描くクレヨン画の線の太さも色の塗り重なりも好き。グッズたちのなかからピックも買ったので部屋のアッシュトレーがもっと盛りだくさんにかわいくなる。

ついでにバーグハンバーグバーグの広告電柱(@原宿)を探した。太田記念美術館のあたり、とだいたいわかってるつもりで行ったのに美術館側から探し始めたらすぐ番地を見失ってなかなか見つからなかった。竹下通りに近接するあたりまで行ってようやく見つけた。

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2023年3月8日 春

・引き続き、母をたずねて三千里を見ています。何話か見て、1日に摂取していい絶望の量を超えたので母をたずねて三千里を見るのをやめました。明日続きを見て、きっとまた気を落とします。

・久しぶりにジェノバの家が描写されて懐かしく感じました。マルコがジェノバを発つ直前にピエトロが言った「あと1ヶ月」を待っていたら本当にマルコとピエトロが揃ってアルゼンチンのお母さんを迎えに行けたのでしょうか。本当にそうなら、待っていればよかったのにと思ってしまいます。でもフォルゴーレ号で出会った人たちやそこで得た経験は、マルコにとってよいものだったと思います。けれど、僕にだってやればできるんだ!と思ってしまったことで一人前になろうとしすぎてしまうきらいはあると思います。やればできるのに子ども扱いされるせいでやらせてもらえないと思っているのではないでしょうか。

・第1話の絶望は平穏な日常に、第22話の絶望は希望に塗り替えられて、しばらく明るい日々が続いていたのに、第33話からの絶望は断続的に続きます。いまはこの絶望の最中です。いつまで続くのでしょうか。マルコはときどき哀しい顔をします。

 第1話の絶望は、お母さんがアルゼンチンに行ってしまうこと。第22話の絶望は、かあさんがブエノスアイレスにいないこと。第33話の絶望はかあさんがバイアブランカにいないこと。かあさんが生きているかもわからないこと。メレッリおじさんが夜逃げしていたと伝えられたときや、モレッティさんがマルコの母の死の可能性を示唆したときの落胆があったのに、それでも止まらないのは、どこかにいるはずの母を求める気持ちの強さからでしょうか。死の可能性に思い当たっても、それを子どものマルコに伝えるべきではなかったと思いますが、それはマルコの思い込みの強さを見ているからかもしれません。

・情報が速い世界に慣れているので何もかももどかしく感じます。手紙の不確実さを信じるしかない世界はうまく想像ができません。相手がどこにいるかわからないとやり取りができないことが当たり前の世界。遅くて散らばっているだけでとても不安になります。

・この前年に放送されていたフランダースの犬といい、さらに前年のアルプスの少女ハイジといい、子どもが大人の事情に振り回され、苦しみもがく姿を感動の物語と呼ぶことに違和感があります。これに涙するのではなく、ハイジやネロ、マルコのために怒るべきではないでしょうか。こんな消費許せないです。ハイジは親戚のおばさんに振り回され、ネロは金持ちの大人の思惑と猜疑心に振り回され、マルコは両親やおじさんに振り回されています(フィオリーナもお父さんであるペッピーノの劇団に振り回されている)。

・ハイジやネロは幼くして両親を亡くしているので、マルコに両親がいることが新鮮でした。子どもが無力であること、つらい境遇にある子どもについて、時間をかけて順を追って教えられている感覚です。

母をたずねて三千里には、事情を聞いてくれたり、手を差し伸べてくれる大人たちもあちこちにいます。そのことをマルコが思いだせるかはわかりませんが、思いだせていたら救いになると思います。フィオリーナのことを忘れていたこともあるのですぐには思いだせないかもしれません。

フランダースの犬は結末を知りながら見ましたが、母をたずねて三千里は結末を知りません。あらすじには「時には希望を失いかけるマルコだが…。」と書いてあるので、きっと最後にはマルコはお母さんに会えるのでしょう。何となくそう信じて見ていましたが、物語が進むにつれて、お母さんが生きていない結末が待っているような気もしてきました。なんでこんな世界名作劇場を見ているのでしょうか。この風見さんのツイートを見て、「そうだ、母をたずねて三千里を見よう」と思ったのでした。あー。

・次回予告はいつも同じBGMで、どんな内容の回も「お楽しみにね」と次回を待つように言われる。

・オープニングとエンディングのマルコの表情を見比べて、無垢でお母さんの胸の中にいるエンディングから覚悟が決まったオープニングに進んでいく物語を感じる。

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散歩していたら虫害で切られた(切られる予定)の木がよくあった。散歩のつまらなさをよく感じた。軽い服で出かけても寒くないのがいいですね。

春のつぼみが膨らむのに合わせて、気分が追いつめられていく。冬は生きていてもよかったけど、春を生きることは許されていない気がしてくる。後方視的な感覚。冬の寒さの閉じ込めて無視していた罪悪感をぜんぶ掘り起こして、土のにおいに乗せて風が運んでくるみたいな。

2023年2月21日 世界名作劇場

母をたずねて三千里を見ている。空のバケツに水が注がれる音がすごくいい。なんでだろう、と思い返していたら小学校の掃除の時間に使っていたバケツに水を注ぐ音に似ているのを思い出した。小学校の掃除の時間は雑巾をしぼるのが好きだった。雑巾をしぼるときは主に腕の内側の筋肉を使う。ここを使うのが好きで他の人の雑巾まで洗ってしぼっていた。しっかり水分がなくなるくらい雑巾をしぼれることを誇りに思っていた気さえする。作中にはマルコが父ピエトロと洗濯物をしぼるシーンがあった。

母をたずねて三千里には手がでかい人がたくさん出てくる。この作品が1976年、この前年(1975年)にはフランダースの犬、そのさらに前年(1974年)にはアルプスの少女ハイジがやっている。ハイジ、フランダースともに両親を亡くしている子どもが主人公だったせいか、マルコには両親ともいることが新鮮だった。でもお父さんには借金があり、そのためにお母さんはマルコや父ピエトロのいるイタリアから遠くアルゼンチンまで出稼ぎに行き、離れて暮らしている。

当時、子どもとしてこのアニメを見ていた人たち(1960年代後半~1970年代初め生まれ)がどういう風にこの物語を見ていたのか気になる。作中にTRATTORIAの文字が町の風景に何度か出てきて、Corneliusをたびたび思い出した。小山田圭吾は放送当時子どもだった。

第10話「かあさんのブエノスアイレス」、第11話「おかあさんの手紙」は、タイトルにマルコがかあさんを思う気もちの強さが現れているのだと思った。どちらもマルコのお母さんを直接想起させるシーンはわずかで、その話の主題ではないように感じるからだ。しかしマルコはずっとお母さんに会いた気もちでいっぱいでいる。その切実さが物語をなぞるだけの視聴者(自分)とはズレを生んでいるような気がした。このタイトルに決めた人たちはきっとマルコの主観からこの物語を見ていたんだろうな。

マルコが自分のことを一人前と認めて欲しがっているところにフランダースの犬のネロが重なる。マルコは「かあさんのために」という目的があるから根本は違っている。でも責任感が強そうで頑張り屋さんなところも少し似ている。これからどうなっていくんだろう。つらいシーンも多そうだ。

アンパンマンの虹のピラミッド(映画)を見た。終わりのほうに流れていた虹の星がよかったのに配信されていなかった。てっきりこの曲がエンディングかと思っていたら、エンディングは勇気りんりんだった。この虹の星は挿入歌という扱いらしい。アンパンマンの映画の曲ってだいたい配信されてると思っていたのに聞きたいこの曲が配信されていないことあるんだ。クレジット見る限りではドリーミングの曲なので一層不思議だ。

この映画は確か幼稚園の頃に見た以来だったから、かなり断片的な記憶しか残っていなかった。キャラクターたちが順番に、すなおとこたちによって四角錐にされていくシーンでもうだめなんじゃないかと思ったことは覚えていた。この映画について調べようとするとサジェストにトラウマと出てくるし、当時の私もきっと怖かったんだろうな。四角錘のアンパンマンと新しい顔の関係はよくわからなかった。あのまま四角錘のままでも大丈夫だったと思うけど、あのままだとヒーローとしての強さが揺らいでしまうのかもしれないな。エンドロール見ながらアメちゃんの声が松本伊代だったことに驚いた。

2023年2月16日 道は繋がっていた

少しだけ作業をしてうどんを食べ、散歩した。

見慣れない落としものやビリビリになったのぼり、日当たりのいいベンチを見つけた。

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“どうぞおかけください”

座ったらコンクリートの壁が見えた。

行き止まりかと思った道をなかば無理矢理進んでみたら、さっき通りがかって行き止まりだと思っていた広場に出た。行き止まりだと思っていた道と、行き止まりのような気がした道が繋がっているのを知った瞬間、デジャヴかと思った。進んでみてよかったな。

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犬と人間の解像度がぜんぜん違う看板。

2023年2月1日 風立ちぬ

風立ちぬ(1976)を見た。ジブリのほうとはぜんぜん違った。飛行機は出てこないし、パーティーで楽しく歌う外国人もいない。でも風は吹いていた。生きようともしていた。

「誰が風を見たでしょう 僕もあなたも見やしない」

ジブリのほうでこれが引用されていた美しさを改めて感じた。

風立ちぬ、いざ生きめやも」

1976年のほうはこれが繰り返し引用されていた。ヴァレリーの詩を堀辰雄が引用したものらしい。

人が誰がを守ろうとして、傷つけまいとしてつく嘘の切実さがずっとあった。
生きよう、生きてまた会おうと約束した人が亡くなっていることを伝えなければならない現実に耐えられるのだろうか。節子さんが亡くなったあとのお父さんと達郎さんの電話のシーンは思い出すだけでもつらい。見たときも泣いたし、思い出してこれを書きながら泣いている。

私は誰かに誰かの死を伝えられるのかな。うまくは伝えられないだろうな。死ぬことは一人ひとりにとって重大なのに、全員死ぬことが決まってる事の大きさが未だにわかっていないのだと思う。いつ死ぬかわからないことを頑張って無視して生きているから、いつか実感をもって近くで起こる死に対してうまく対処できないだろうな。死ぬことに慣れるのも違うけど、受け入れられないでいることもきっとつらい。

結核がかつてどういう病気だったのかよく知らないけれど、山口百恵の病弱な雰囲気とは反対に腕が健康そうに見えた。実際の結核はどうだったんだろうね。若い松平健も出てきて、あっという間に戦死していった。

それはそうと最近は映画をこれまでにないペースで見ている気がする。次は何を見ようかな。

お昼ごろお腹が空いて、たくさん食べられそうな気がしたけどそんなに食べられなかった。昨日もそうだった。自分の食欲と実際に食べられる量がいつまでもよくわからない。頻繁に見誤る。少なくしてみたら満足できなかったりするし難しい。どのくらい食べるか聞かれても、食べてみないと何ともわからない。みんなどうやってるんですか?経験と感覚でだいたいできるようになるのかな。バイキング形式だと少しずつ確かめていけるから大丈夫なのだけど、空腹感も、ちょうどよくお腹を満たすのも難しい。全員が何度もこれをしないといけないのすごいな。食べて出しての循環が80億人分と思うと果てしない。食べ物が足りないのもそりゃそうかと思う規模の大きさ。

2023年1月30日 服部良一

悲しき口笛を見た。12歳当時の美空ひばり、歌がうますぎる。でも耳が慣れてきた。これが小さい頃の美空ひばりの歌声。戦後すぐの光みたいな存在だったのかと思った。1949年の時点でこれが作られたというのがすごいと思った。美空ひばりはこの2〜3年前から活動していたらしいから、本当に戦後すぐからの活動だったんだな。次は「東京キッド」か「憧れのハワイ航路」か「あの丘越えて」を見たい。
昨日の深夜、ラジオを適当に流していたら服部良一特集をやっていた(調べたらNHKラジオ深夜便だった)。笠置シヅ子の「買物ブギー」や藤山一郎奈良光枝の「青い山脈」がかかっていた。服部良一美空ひばりだと「銀ブラ娘」を作曲しているらしい。ブギウギに興味が出てきた。秋の朝ドラ「ブギウギ」がたのしみ。趣里の歌う声を知らないな〜たのしみ!