2022年7月10日 安否

選挙に行った。投票所に入ったが何やら外が騒がしい。なんとなく誰かがAEDを探しているらしいことがわかった。しかしトイレに行きたい。既に何人も救命のために動き出していることを確認したのち、人命よりもまずは自分の尿意を優先した。自分がおしっこ漏らしてまで助けなければならないほどの緊急性はなかったと思う、たぶん。トイレから出て、騒がしさのあるあたりにいくと既に10人ほどが囲うようにして救命にあたっていた。看護師が居合わせていたらしく、心臓マッサージをしていた。訓練ではない心臓マッサージを見るのは初めてだった。人手が足りていたらしく、私は周囲の人間に人手が足りているかどうかを尋ねただけで終わった。人がたくさんいて目的がはっきりしていても自分に役割がないこともある。トイレを優先していなかったらもっと緊迫した時間に深く関わっていたのだろうか…。消防署が近いせいか救急車の到着は早かったような気がしたが倒れた人は無事だったろうか。知る術がない。

その動揺があるまま投票してしまった。日本はこれからどうなっていくのだろう。ただひたすらに怖い。これまで権利を勝ち取ってきた人たちはすごいな。それを反映する政治が存在していたこともすごい。いまってどうなんですか?何がどうなったら弱い立場の人たちが守られるようになるんですか?友だちや好きな人たちが悲しんでいるところを見たくないし、嫌いな人の苦しみだって政治によって救われるところがあってほしい。誰かに嫌われていても救われる場所があってほしい。期待しすぎなのか。

行ったことある場所や好きな人たちの所在地・出身地などは無事であってほしいし、関わる人たちの属性が差別されないように願う。お互いにある程度自己を開示しながら関わってきた人が増えるたび祈るような気持ちが広がる。かなり自分本位の考え方ではあると思うけど、これによって他人事という意識が薄くなる。まずは自分と友人がなるべく苦しまないように。

大事なものが増えて身動きが取れなくなるような心地がある。どれも大切にしたくて何にも手がつけられないような。

初めて投票済証明書をもらうことに成功した。これまでは家に帰ってから忘れたことに気づいていた。それに日本共産党から送られてきていたはがきに選挙の消印があるのも初めて見た。消印の部分だけ切り取って保管する。初めて見たものが複数ある選挙になった。