2021年11月14日 fireflyからSilver Jubileeまで【BUMP OF CHICKEN】

Silver JubileeBUMP OF CHICKENが今夜やっていた配信ライブのタイトルであり、来年予定されている有観客ライブのタイトルでもある。

BUMP OF CHICKENのこと、ずっと好きだ。ずっと同じだけ好きで居続けられている訳ではないと思うけれど、離れても必ず戻ってくる場所で在り続けている。なんかもう、みんなバンプのこと大なり小なり好きだろうと思って、話題にあげる頻度は高くないけれど。

初めてバンプを好きになったのがfireflyのリリースのときに出ていたSCHOOL OF LOCK!だから2012年9月11日だからもう9年以上経つ。そんなに!? 当時ホタルのことも気に入って、fireflyを聴き続けながらホタルにも関心を寄せていた。

SCHOOL OF LOCK!

学校にバンプ好きな人がいることがわかって、たくさん話した。ベスト盤を貸してくれたり、自分のなかのバンプを広げてもらったな。2016年のBFLYツアーでは一緒に日産スタジアムに行ってくれた。でももうそれから5年以上経つ。PONTSUKA!は2014年の藤くん誕生日企画(春眠暁を覚えず)あたりから、聞いたり聞き逃したりを繰り返してる。

それほどバンプのライブから遠ざかっていた私に、今日のSilver Jubileeの存在は大きかった。行くことを許してもらえなかったライブや、興味が逸れてしまっていて行く気になれなかったライブなど(それに時勢と活動休止)が重なって、それだけ時間が経ってしまっていた。
ライブに行きたい、と純粋にその感情が腹の底から湧きあがってくるのを感じるのが久しぶりで それを感じられたことがすごくうれしい。またこんな気持ちになれた!
配信リリースで1曲ずつ小出しにされるの、ラジオの新曲宇宙発オンエアーみたいなことじゃないとめったにすぐ聴けなくて、アリアくらいからバンプの最新についていくのが難しい感覚でいた。リボンを何度も聴いたことだけが自分にとって最新のバンプである期間がしばらく続いたあと、話がしたいよ新世界が最新である期間がしばらく続いた。aurora ark/aurora arcあたりは何となくただ流れてくる情報を眺めて 遠い出来事みたいに思っていた。ポンツカは相変わらず聞いたり聞かなかったり。聞きはじめたのに、寝落ちちゃって最後の結婚報告を聞き遅れたり…そしてちゃまの活動休止があり、3人だけのポンツカがあった。これは聞かないといけないかもしれない、と思い、お皿を洗いながら再生した。あの放送は痛みを伴っていて、藤くんが優しさと脆さの上に背負っている現状(普段はしないエゴサーチをするなど)と痛み、今後バンプがばらばらになってしまうかもしれないことを感じた恐怖からお皿を洗う手が止まり、ボロボロと泣きながら聞き終えた。怒りや悲しさからバンプを聴けなくなった人も散見されたけれど、私は寧ろバンプへの気持ちが戻ってきた。理屈はわからない。けれど、また過去を遡って聴くようになった。その時点ではaurora arc(←これどっちがどっちかいつもわからなくなるから毎回調べる)のなかで好きな曲を繰り返し聴いた。アルバムとしてというより曲として。アカシアがリリースされたタイミングあたりから、これまで聴けていなかった曲を聴ける心持ちに徐々になっていった。Flareを大事に大事に聴いたり、なないろの流れる朝ドラを何となく追ったりした。(登米の自然の描写のされ方が好きだった)Small Worldはまだ聴けていなかったけれど、このSilver Jubileeで初めて聴いた。途中、pinkieが頭をよぎったのはどちらも「変われなさ」について歌詞で言及しているからだったりするかもしれない。もっと聴いたら変わるかもしれない感想。
ただ、まだButterflies以降に出たCDなどを買っていない。バンプは後ろのほうのトラックが気になるから盤で手に入れたいと思ってきたのに。今回のライブを経て、新しく出るなないろを買いたい気持ちが生まれている。これも久しぶりの感覚!

リリースツアーじゃなかったの、PATHFINDERか。行きたかったな。タイムラインの盛り上がりだけ見ていた。親の許可が必要だった時分だったのに許可が降りなくて行けなかったんだ。その前の20は別のライブと被っちゃって日程的に行けなかった。行きの電車のなかで楽しみと後悔が同時にあって複雑だった。一番最近あったaurora ark(←arcじゃないほう、覚えられない)のときは行けない訳ではなかったのに気分が盛り上がらなかった。
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Silver Jubilee、すごい30分だった。見逃さなくてよかった。藤くんの「ハローどうもよろしく」は、Hello World!の歌詞に「ハローどうも僕はここ」って間に「どうも」を挟む人の言葉だなあと受け止めたし、ちゃまのいるFlareだった。ちゃまはポンツカに復帰しているけれど、返事が「はい」だったり、どうしてもよそよそしさがあって、ちゃまのタイトルコールとかメール読みを聞ける日はなかなかこない(聞き逃してる可能性はある)。MVやSONGSで3人だったFlareにちゃまがいるのはそれだけで安心感があった。これからのバンプはもう4人だし、大丈夫なんだ、という目印になってくれるみたいだった。最後の曲がサザンクロスだったの、2014年から強く届くメッセージだった。RAY全体通してあるような音の重さがとても好き。RAYの音ってRAYの音でしかないなと思う。まさかここで聴けるとは。サザンクロスは最初と最後の音が特に好き。全部の音が混じりあって強く刺さる濁りをもった重たい音になっている。曲を通して、そのなくてはならない重さがずっとある。ものすごく「いま」を切り取った曲なんだと思う。「どんな今を生きていますか 僕の唄が今聴こえますか」なの、聴いている瞬間にとって いつでもそれは「今」でしかなくて、いつ聴いてもその「今」は聞こえている。またすぐに聴いていない時間に戻ってしまうし、その時間のほうが長いのだけど聞こえているその瞬間だけはいつでも「今」になるの、何年経ってから聴いても今のこととして感じられる曲。今、そしてこれからのBUMP OF CHICKENをギュッと見るためのすごい選曲だった。

1. アカシア
2. Hello, world!
3. Flare
4. Small world
5. サザンクロス

もともと、目の前にリスナーがいないライブへの恐怖心などを語っていた人たちが、無観客ライブをやっているのすごいことだ…「お茶の間でせんべいかじりながら観るもんじゃねえ」の発言(これいつの発言だっけ)とかしてた頃があり、観客の入った状態でテレビに出るようになって、無観客ライブをするようになった。大きな変化だ。
使う楽器や、音の感じなど音楽的な変化があって、ライブの形式も変化させていくなかで変わらずにそこにあり続ける優しさや感情の丁寧な掬い取り。藤原基央の深く変わらない優しさもすごいし、それを具現化しつづける4人ともすごい。これからも聴いたり聴かなくなったりまた戻ってきたり、バンプのことゆらゆらとずっと好きでいたいな。あ、もうポンツカまで時間がなくなってきちゃった。今日はおしまいです。バンプっていいからみんな聴くといいですよ。みんなもう聴いてるつもりでいるからおすすめするとかでもないか。4人が4人でいつづけてくれてありがとうございます。また結び直されたリボン。

2021年11月9日 ラジオの話②

私の生活にはラジオが根差しているように感じられるらしいのでラジオの話をします。

↓前回のラジオの話
eudoftheworld.hatenablog.com

今回はネットラジオについて書いたりしようと思います。前回は、
「オモコロのラジオと旅のラジオ、オールナイト虚無の録画をよく聞く。CMとかもないし、完全に自分のタイミングで聞ける。オモコロのラジオは音声放送、匿名ラジオ、モンゴルナイトフィーバー、変えるラジオを最新まで追っていて、ありっちゃありアワーとKGBが途中まで、パクパクラジオは聞き終わった」とさら~っと書いていましたが、これは2019年以降の話なのでそれ以前も含めて書き残しておくつもりです。

恐らく、初めて聞いたネットラジオは2012年頃に聞いたChan't Sleep Fantasy Night(can'tではなくchan't)というSEKAI NO OWARIのラジオだったと記憶している。それか、flumpoolのファンクラブ限定ラジオ(INTERROBANG RADIO)か…と思ったけどこちらは開始が2013年6月らしいので恐らく最初ではなさそう。それかSCHOOL OF LOCK!のRAD LINESかBUMP LINESあたりか…

BUMP LINES!

こういうページが残っていてくれているのありがたいな…15年前とかのラジオの放送後記(大量の文字起こしすごい)があるのとてもありがたい…インターネット上のものは消えるので…バンプはウェブラジオなかったっけ…

RAD LOCKS!

すごい、いまでも普通にダウンロードできる!「WEB RADIOを聴くにはWindows Media Playerが必要です」なの、過去って感じでいいな。わりとオープンな場所にあると消えにくかったりするんでしょうか…サイトは何度かリニューアルされているけど、今でも番組自体が続いているのもあったりするのかもしれない。残っているのすごいなあ。ちゃんと10年くらい前の最初あたりに触れたネットラジオがそのまま残っていてそのまま振り返れるのすごい。親のパソコン借りて使っていた頃だ。

WEB LOCKS! `RAD LOCKS!`
RADWIMPSのウェブラジオ聞いていたのがいつだったか思い出せないけど、セカオワかラッドかどちらかだったはず。初期のChan't Sleep Fantasy Nightは(確か第13回まで)無料で公開されていて、それ以降は有料会員限定になったんだったはず。このラジオ聞くために会員になって、第44回くらいまで聞いた。(最新は第60回とか?)まだケロログがあった頃だ…

・もしもシリーズ
例もしも宝くじが当たったら何を買いますか?などの質問を募集します。
・ロケシリーズ
○○に行ってください等ロケに行って欲しい場所を募集します。
・不思議シリーズ
身の回りに起こった不思議な事を募集します。
・怖い話シリーズ
とにかく怖い話を募集中。
・疑問シリーズ
皆さんのどんな疑問でも良いので募集中です。

いまオモコロのラジオなどを好きでいることに繋がっている感覚がかなりある。直接的には、もしもシリーズがない話に繋がっていることくらいしか言えないけど、例えば河童の回(DJ LOVEが河童に扮して疑問に答える回)はオモコロの面白を好きになることに繋がってる部分があるんじゃないかと思う。なんというか、深瀬さんの疑問の持ちかたが好きだった。スノーマジックファンタジーの歌詞「君は妖精だから、やっぱり年齢は200歳とかなのかい」に表れているような疑問の持ちかた。疑問を持つ深瀬、それについて考えてくれるなかじんやDJ LOVEという構図も好きだった。

ラッドとflumpoolネットラジオの記憶ほとんどないな。あんまり聞き返していなかったのかも。それすらちゃんと覚えていない。男の人の声が4人分混ざったラジオって聞き分けられるようになるまでの難易度が高いなあ、と思ったことだけは覚えてる。PONTSUKA(バンプのラジオ)とかもそう。同性3人以上の聞き分けはよっぽど特徴がないと聞き分けるの難しい。

USTREAMで配信されていたネットラジオだと石崎ひゅーいのナイトミルクは聞いていた。(いまもYouTubeで続いているけど高頻度で聞き逃してる)トオミヨウと一緒にやっているラジオで、2人で毎回1曲カバーしたり、雑談したり…おいしいパンのコーナーとかある。

渋谷のラジオってネットラジオ扱いされる?されない?リアルタイムで聞く要素が強いから違うか…ネットラジオではないとしても、笑撃戦隊のラジオは一時期聞いていた。番組自体は今年の3月までやっていたらしいのに、恐らくもうホームページが消えている…すぐ消えるものもある。

ツイキャスネットラジオ的に聞いていたところがある。まめのきのまめキャスを毎週楽しみにしていた火曜日があった。

Live History - キムラナオヒロ (@kimuranaohirode) - TwitCasting

録画が大量に残ってる!聞き返したいな…手帳のコーナーとか好きだった。もう解散しちゃってDVDなども出ていないコンビの唯一見返せる痕跡かもしれない。漫才もコントももう見れないけど、ツイキャスの録画なら見られる!

民放以外で聞いていたのは記憶にある限り、たぶんこんな感じだと思う。AudeeとかGERAとかもネットラジオだし、YouTube、Stand fm、REC、Radiotalkなどもたぶんネットラジオにあたるか。これらはあとでちょっと書く。

【2019年】この年からネットラジオをよく聞くようになった。それまで毎週聞いていた民放の大半を疎かにするくらい熱心に聞いた。はじまりは5月頃、フォロワーとない話で盛り上がっていたことだった。この世が寝ているおじさんの夢だったら…みたいな話で盛り上がっていたら、絶対好きだから、と匿名ラジオをおすすめされた。当時はオモコロを知らず、ARuFaという名前もダ・ヴィンチ・恐山という名前も知らなかった。最初におすすめされたのは確かこの3つ

【075】ARuFa・恐山の匿名ラジオ「ちびまる子のクラスメートとサバイバルした時の必勝法とは?」 | オモコロ
【101】ARuFa・恐山の匿名ラジオ「世間知らずのお嬢様になりきれば、つまらない夏も楽しくなる!」 | オモコロ

【103】ARuFa・恐山の匿名ラジオ「マクドナルドのハンバーガーで友達になるならどれ!?」 | オモコロ

正直、この3つを聞いただけではピンとくるものはなかったのだけど、タイトルが気になるやつから聞いてみるといいというアドバイスを信じ、いくつか聞いてみた。どの回が決定打になったかは覚えていないし、どうやって全部の回を聞き進めたり聞き終わったのかの記憶が一切ないが、内容にどんどんハマっていった。Twitterで匿名ラジオを好きな人たちのツイートを探してみると、当時149回(ARuFaさん不在回)の「このラジオ終わったあと喉搔っ切って死のうかな」\ワーー!!/ みたいなツイートをいくつも見かけたような記憶がある。

【161】ARuFa・恐山の匿名ラジオ「三年前のラジオ開始時に封印したタイムカプセルを一緒に開けてみよう!!」 | オモコロ

【163】ARuFa・恐山の匿名ラジオ「ねえ、法律が存在しないサイゼリヤに行ったら何をしたい?」 | オモコロ
このあたりが更新されている8月頃にはしっかり好きになっていた。

そのあと恐山さんがやっていたアンチナタリズム天国GOLDからオールナイト虚無にドが付くほどハマった。

オールナイト虚無 - YouTube

よさ…虚無ラジのよさってもう説明したくないな。好きな人いたら話がしたい、くらいの感じになってしまってる。広めよう、という意識が限りなくゼロに近いので特になにも言うことがありません。スライドで紹介される投稿物が多いから、これもネットラジオなのか微妙な気もする。でも虚無「ラジ」っていうしたぶんラジオ。

疲れてきた。あとオモコロのラジオたくさん。パクパクラジオとか、モンゴルナイトフィーバーとか順々に聞いていった。おしまいにします。
(【途中省略したネットラジオたち】Audee→志磨遼平のラジオ、GERA→錦鯉、YouTube→旅のラジオ、Stand fm→音声放送・超旅ラジオ、REC→ニュースオモコロウォッチ、Radiotalk→ダ・ヴィンチ・恐山 etc.)

「ラジオの話③」につづく…

2021年10月21日 おもろ研究会と鬼語

「おもろそうし」という言葉がある。本が雑多に並べてあるところで初めて見かけたので、詳しい意味は知らないが、琉球王国の歌謡に関わる単語であるらしい。見かけた本は「おもろ研究会」によって著され編集されていた。おもろ研究会という名前、てっきり面白いものの研究などをしている人たちかと思った。笑いの研究をしている人たちもいることだし、そういう人たちの学会かと思ったらぜんぜん違った。

その本を見かけたのは、図書贈呈会という無料で本をもらえる嘘みたいな場所だった。たまにある。ただ本を自由に持って行っていいよ~ってしている図書館。ありがたい。廃棄された雑誌(「廃棄」のハンコが押されている)だったり、その他さまざまな本が並んでいたり、すでに誰かが大量にもっていってしまった後だったり…今回はまだ大量に本があるうちに足を運ぶことができた。
そのなかで著者名のところに「美智子」とだけ書かれた本を見つけた。美智子…?ゴシップ本とかだと名前だけの著者がいたりするのかと思ったすぐあとに気がついた。美智子さまだ。当時皇后だった上皇后美智子さまだ。(上皇后っていうんだね)天皇家の人たちが出版すると、下の名前しかないのか!というのが新鮮な驚きだった。(天皇家ガーター騎士団←すごい騎士団 に所属してるっていうのも最近知った新鮮な驚きだった)普段、そういえば天皇家には苗字がないんだった、くらいの認識でいるから、改めてほかの人と対比しやすいような書籍の著者欄で見ると不思議に感じる。
『橋をかける』という本で、「橋をかける」では幼少の頃からの読書経験について、「バーゼルより」では子どもと読書について自身の体験に触れつつ、まどみちおの詩の英訳をしていたことなどが書かれていた。えっ!?上皇后陛下ってまどみちおの英訳してたの!?知らなかった…その2篇以外は解説などが多くを占め、上皇后が実際に書かれた部分は多くなかったが、上皇后の言葉に文字として触れたのが初めてだったから読んでみてよかったと思う。なんといっても無料で手に入れられたもののなかにそれがあったのがうれしい。1000円を超える文庫にはなかなか手が出しづらい…

「橋をかける」でいちばん気になったのが「鬼語」だ。

「取り上げた「少国民文庫」にも、武井武雄という人の描いた、赤ノッポ青ノッポという、二匹の鬼を主人公とする漫画がどの巻にも入っており、私はくり返しくり返しこれらを楽しみ、かなり乱暴な「鬼語」に熟達しました。」(文庫版 p.35)

上皇后と鬼語の距離が遠すぎてうまく理解できていない。

読んでなおわからない。鬼語…?これは追って調べてみたい。

「橋をかける」のもととなった講演のおことばが宮内庁HPにあった。

第26回IBBYニューデリー大会基調講演 - 宮内庁

バーゼルより」もあった。

国際児童図書評議会(IBBY)創立50周年記念大会おことば - 宮内庁

鬼語…気になる…
赤ノッポ青ノッポについて書いてあるのこれくらいしかないのかなあ。
https://www.asahi-net.or.jp/~mf4n-nmr/syouno3.html

2021年10月18日 秋、終了。

寒い。寒すぎる。手がうまく動かなくなる寒さ。
空気がシーンとなっているから、音楽が映える。たくさん生活音は鳴っているのに。

2021年10月5日 精神の季節と音楽 - ぴこんの日記

このときに秋の精神と音楽の話をしていますね。もはや秋は終わって、冬に馴染む音楽が聴きたい。秋、2週間もなかった…冬は音がソリッドになる。レコーディングをどこでやるか、って本当に音楽に影響するんだろうな、というのがなんとなくわかる。北欧には寒さと停滞のイメージがあって、それに寄り添うようだったり、打破するような音楽が作られやすいのかと思う。これは、自分が寒さや停滞のなかにいる感覚のときに肌に馴染む音楽のイメージからきているはずだ。北欧って言っても、だいぶメタルに偏っているから民族音楽とかを聴いたらまた感覚が変わってくるのかもしれない。アヴァンギャルドとかも北欧だっけ。知識がばらばらと細切れになっている。

訪れる場所によって、感じる「幻覚」が違う。「幻覚」と呼んでいるのは、浮かんでくるイメージのようなもので、ゆかりの人物など知識にも左右される。ここであの人は育ったのか…みたいなことを想像しながら歩く。特定の人物を中心においた散歩と言えるかもしれない。
阿佐ヶ谷に行ったとき、インターネットごしに知っていた景色が急に立体になる頻度が高かった。暑いなか衝撃を受けながら歩いていたら、いつの間にか熱中症のような症状が出始めた。たのしかった。

note.com

杉並区のよさをたくさん見て、幼少の頃からここで過ごすことを考えた。アーケードがあるのとてもいい~店それぞれは知らなくても、過ごす日常のなかに商店街があるのってきっといいと思う!ビルが立ち並んでいたりするような東京よりもこういう東京のほうがもっと好き。私のGoogle mapには杉並区にピンが集中している。

行きたいところたくさんある。都内だと品川の食肉センターとか蒲田の餃子屋とか屋上遊園地とか大鳥居のガストとか井の頭自然文化園三鷹?吉祥寺?)とか。八王子のあったかセンターも行きたいな。池袋はこの間初めて行ったけれど、滞在時間が少なかったからもっとゆっくり行きたい。ゆっくり行きたい場所、谷中とかもそうだ。千駄木の夕暮れをまた感じたい、って4年くらい言い続けてる。等々力でキモ虫がケロケロとなっているのも見たい。原宿に行ってコジコジちびまる子ちゃんのショップを見たいし、多摩川の河川敷を歩きたい。四谷から御茶ノ水あたりまで神田川沿いを全部見たい。インターメディアテクにも行きたいし、神保町のあたりで本に囲まれたい。たくさんありすぎるように感じて、まだ行っていない場所のハードルがどんどん上がるせいでもっと行きにくくなる。早めに行ったほうがいいですよ。まずはどこに行くか決めなくちゃなあ。選択肢が多くてそれも大変だ。思い立ってから時間が経ったら、どうやって吉日を決めたらいいんだ。サイコロでも転がしたらいいかもしれない。

2021年10月17日 情報屋さんとしてのコミットメント

日記って1行で終わってもいいと思うんですよ。

もう眠いな。さすがにもうちょっとは書きます。数日書かないでいるとこの日記のこと忘却の彼方にいってしまうので。なんか一日ずっと眠たかった。昼寝は失敗した。昼寝よりも岡田さんと砂漠さんのトークセッションのほうが大事だったから。あれってオンラインイベントだったはずなのに、あれ…?申し込みしたルート以外にも、視聴できる方法があって 申し込みした意味ってなんだったんだろう…と若干の腑に落ちなさはあるけれど、たのしかったしいいか。これをnoteで書け、という話らしかったけどまあここでいいか。アーカイブが残っているんですね。今後、編集された動画があがったりするのかな。
エミューちゃんかわいかったな、これからどこまで大きくなるんだろう。
「日常を冒険に変える7つの方法」のうち、「お風呂のなかでバブの音を聞いてみる」だけ具体的だった。あれを言い換えるとしたら、「普段着目していない点から物事を見てみる」とか「耳を傾ける」になるかと思った。7つのなかでも「流されてみる」と「忘れる」は、したいけどなんとなくいつもできずにいることでもあるような気がした。「忘れる」に関して言うと、毎日たくさんのことを忘れてはいるだろう(既に忘れているから何を忘れたのかわからない)から、実行はできているけれど、日常のなかで「忘れずにいよう」と思うことのほうが多いように感じている。できることならどんなことも忘れたくない。たのしかったことも、つらかったことも区別なく忘れていっているから自分の行動についてはあまり記憶を信用していない。基本的に自己中心的にしか生きていないので、誰に何を話したかを覚えていられることがなかなかない。記憶の中で他人を区別するのが難しい。
一方で、情報屋さんになりたいと常々思っている。情報屋さんは、歩く百科事典みたいなものをイメージしてる。忘れずに、情報を正確に把握できている人。Wikipediaになりたい。情報を保持していられると、それが他人の役にたてることがある。情報自体は役に立たないものであることも多いのだけど、他人にコミットメントしていける実感をもてる。

何かを好きになったときに、絵を描ける人は絵を中心に、文章が書ける人は文章を中心にしてその好意を伝える術をもつのに そういう能力を自分がもっている実感があまりないから、情報屋さんになれたら 自分の好きを伝えられるのかなあ、と思っている。(絵や文章の能力は、ほんとにちょっとしかない)忘れないことしかできない~って歌いたいよ。これからも情報屋さんとして やっていきたい。純粋な情報は基本的に過去で、その情報が現在にどう結びついているか、それが公にしていいものなのか、秘匿すべきものなのか。どうしたら役に立ちつつ、既に過ぎ去った過去を掘り起こすことができるのかのバランスは難しくて何度も失敗した実感がある。その度、ずぅーん…と軽く落ち込む。でもそのことも忘れちゃって、成長になってるのかも怪しい。私って何をしてるんですか?この日記は、毎日ではないけど続けられている。情報屋さんになりたいね。

2021年10月14日 勝手に笑う身体

笑うのって身体反応なんだな、と実感した。さっき息ができなくなって声も出ないくらい腹抱えて笑っていた(本当に抱腹絶倒だった 倒れるかと思った)のだけど、思い当たる原因がない。なぜ…?どうしてあんなに笑っていたんだ…体感的には笑っている感覚があって、恐らく外からもツボにハマっちゃって笑っている人に見えたはずだけど、そのきっかけが何だったのか思い当たれない。ただ腹抱えて笑うという現象に陥った。普段のそれと同じように自分の意識の支配の手を離れて、ただ笑い終わるのを待っていた。再現しようと思ってもできないな。難しい。難しいことなのに、さっきは ふとできていた不思議。笑うことと感情って結びつけられがちだけど 必ずしもそうではないのだ!

春から夏くらいにかけて感情の勉強をしていた。

『 感情の哲学入門講義』(源河 亨)

感情の輪郭がぼやけていって 感情のことがわからなくなる瞬間がたくさんあった。ここでも身体反応について触れられていたけど、例外を思いついちゃってもどかしかった。インターネットで見聞きした事例が多いから、不確かだったり 同じ本を読んでいる人たちにその説明がうまくできなそうだと思って、うすぼんやりとした反例になってしまっていた。まあこの本が入門ということもあるんだろうけれど。感情ってなんなんですか?物質なんだろうな、というのをここ数年思っているけれどそれについては(一連の学びのなかでは)触れなかった。薬でコントロールできることがあるらしいし、きっと感情は物質的なものなんだろうな、くらいの浅さ。これは「物質は物質にしか関与できないか」みたいな話になりそうで、その話は既に物理学(量子論)とかで見解が出されていて…とか知らない世界が広がっているんだと思う。感情は難しい。人間なのにな。感情はどこにあるか指し示せないし、それが私だけかもしれないことがわからない。他人Aには、他人Aの感情を指し示せるし、他人Bの感情も指し示せる世界かもしれない。これは可能性の話で、経験的にどうやら他人も同じように、感情は指し示せないらしいし、本人以外の感情については知り得ないんだと共通的な感覚をもっているらしいことを知った。嘘だとしたら、いままでバレていないのがすごいから嘘であってもいいよ。もしこれと違う感覚をもつ人がいたら、肩身が狭かったり、「これは普通じゃないらしいから黙っておこう」と沈黙していたりするのかな。多数派と少数派の立場の違いみたいなところまで話をもっていく元気はない。

たくさん寝ていたい。1日9時間寝られたらベストだと気づいた。0時くらいに寝て、9時くらいに起きる生活をしていたときのちょうどよさをまた感じたい。最近は、朝の慌ただしさの雰囲気に飲まれて早めに起きてしまったりしている。二度寝は好きじゃないけど、寝が足りないから仕方なくしてる。二度寝下手だから入眠に時間かかるのが非効率でいいことがない。朝の慌ただしさからは縁遠くありたい。精神的に、あっという間にキツくなってしまうから、できるだけ避けたいけど他人と生活を一にするというのは、そういう巻き込まれも含んでいる話なのだけど、それはわかっているつもりなのに、ただこんこんと眠ることを日常にしたくて願っちゃう。

みんな大変だと、自分で自分の大変さを抱えなくちゃならない。みんなで抱きしめ合えるときはそのほうがいい。慰めはズルズルいく原因になりそうでぎりぎりのとき以外に求めるのはかえってよくないと思う。1年半、みんな大変だから頼るのが難しい気がする。人に会っていないうちに頼るのが下手になったのかもしれない。人と対面することと、画面越しにやり取りすることの狭間にストンと落ちてしまったような感覚がある。画面越しのやり取りにうまく馴染めないけれど、なんとか順応しようと試みている間に、対面でのやり取りが(それまでできていたものも)うまくできなくなっている感覚がある。体力が落ちてしまったのか、すぐ疲れてしまってへろへろちゃんになってしまう。人がたくさんいる環境の意味がわからない。人と触れ合えず淋しかったような気もするのに、他人が近くにいることがストレスになっていたりして 自分がどこにいるのか、何ができるのかわからない。それまでもわかっていなかったのかもしれないけど、そのわからなさに自覚的になってしまったせいでわからなさの循環が起きている。無意識でできていたことを意識がやろうとして戸惑う。

1人で散歩するとかは変わらずできていることだと思う。禍以前から、1人で出かけていくのは好きだし 禍の途中くらいにも1人でなら…とすこしだけ遠くに行ってみることもした。電車とかはなかなか難しかったりした。知らない場所である、というだけで価値があるみたいに思う。人類未踏の地は、もはやないんだろうけど そういうのは怖い。先人が山ほどいて、たくさんの人たちが通ってきた道とか、誰かにとっては毎日通る馴染みの道、みたいな自分とは関わりをもってこなかった場所に初めて行くのが好き。自分がその地に馴染むまでなら何回でも好き。遠くに行きたい。電車も自動車も苦手だから、移動のこと我慢だと思ってる。

呼び込み君につられていく自分のことちょっと好き。呼び込み君のことはもっと好き。散歩の話は、また今度したい。呼び込み君とAmazon Hubの名前を集めている話したい。日本人の足をしている。

2021年10月12日 初め(そめ)

たくさんの初めてが詰まった日だった。へろへろ。

【初めて経験したこと】

☑︎市ヶ谷(降車)
☑︎池袋(降車)
☑︎ルノアール
☑︎ガラナ
☑︎バーガーキング
☑︎4DX(映画)
☑︎友誼商店(立ち寄る)

初対面の人と会ったり、初めてを重ねた日だった。

フィッシュセンター目指して市ヶ谷に行ったはいいものの、雨だったからDNPがやってる擬す展と気配のつくりかたを見た

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既知と未知のバランスがよくて、ぜんぶちゃんと見たい!と思える展示だった。萩原朔太郎の『猫町』の新版(?)、挿し絵が多い本になって最近出ていたらしいのを知れた。佐々木マキの『うみべのまち』、いつか買いたいなあ…と思いつつ、なんとなく買わずにきちゃってる。伊藤亜紗関連だと利他の本があったり、『目の見えない人は世界をどう見ているのか』があって、円城塔の『文字禍』とか立川談春の『赤めだか』とか積んでる本があったり、本当にちょうど惹かれる既知たちだった。(読んでたり読んでなかったりするけど)また高野文子の「文子」の読み方忘れてしまった。たぶんずっと覚えられない。覚えることを諦めつつある。

神田川沿いを歩くの、好きになったかもしれない。3年くらい前に水道橋から御茶ノ水あたり歩いてみたときには楽しくなかったのだけど 今日は楽しかった。アオサギも見られたし、潜る鳥もいた。なんかカモみたいな、そういう類の川にいる鳥。鳥が無料で見られるのいいな。ハトとかたくさんいるところは時間が許す限りいたい。カラスは襲われてから怖く思っていて、逃げるように場を立ち去ってしまう。カラスこわい。好きになった「かもしれない」なのは、少ししか歩いていないからまだよくわかっていない。でも楽しさの片鱗があったから、また適当に飯田橋とか御茶ノ水とか神田川沿い適当に降車して歩いてみたい。市ヶ谷というのがちょうどよかったような気もする。端から端まで歩いてみてもいいかも!

今日初めて会った人、関心の向く先の共通点とその濃淡がとてもよくて 同じグループなんだけど専門にしてる分野が違うみたいな、共通点の部分の話はお互いわかるから端折りながら、専門の話をお互い聞き合うことができてとても話すのが楽しい。たくさん聞いてもらえるとたくさん話しちゃいますね、たのしかった!雨だったけど 屋内にたのしいところ見つけられてよかった〜

歩きながら思い出したこと、たくさん話し忘れた。鬼谷さんのわさびの記事を読んでから、スタバのロゴの人がわさび持ってるようにしか見えない呪いにかかってることとか。また会ったときに話せたらいいなあ。

ルノアールガラナという名前しか知らない飲み物を飲んだ。かき氷のシロップみたいな匂いがしてドクターペッパーみたいな味がした。 バーガーキングも初めて行った。でかいと聞いていたのでワッパージュニアという小さめのものを頼んだ。飲み物がたくさんあって大変だった。あんまり飲み物いらないな。義務みたいに飲み干す時間があった。バーガー自体は肉!という感じで強かった。マヨネーズみたいなのがあって、それだけ嫌だった(私はマヨネーズが嫌い)。また食べることがあったら、マヨネーズ抜きにしてもらおう。そしたら完全に美味しく食べられると思う。でかいやつ選んでお腹いっぱいになっちゃうやつもいいかも。

 

ガルパンの最終章 第3話を見てきた ※ネタバレあり

夏頃まで配信されていたガルパンを見て、好きになったからガルパンを好きでいる期間はまだ浅いけど、これは!過去の作品たちも映画館で見たかった!特に劇場版の後半 対大学選抜戦を見られたらなあ…

4DX自体初めてで、こんなに揺れるか!と序盤若干慄くくらい想像していたよりずっと揺れた。事前に酔い止め飲んでいてよかった…映像が振動に合わせるように上下に揺れていて、止まった状態で見たらどんな風に見えるかも気になった。主題歌の時点で揺らす必要がぜんぜんわからなくて、そこは面白かった!ちょっと音たてちゃっても、揺れてる間だったら気になりにくいのはいいなあ。すごさに圧倒されてるときってちょっと声でちゃったりするから。4Dという上映形式では匂いも感じられる、と事前に知っていたからてっきり戦車の鉄や油の匂い、火薬の匂いをかげるのかと思っていたけどあまりそれは感じられなかった。マスクでうまく感じられなくなっていただけの可能性もあるけど、せっかく匂いが出せるならそれを感じたかった。熱い風が吹いてくるのはよかった。ジェットコースターとかでも、炎の描写と一緒に熱を感じられる演出が好きです。戦車同士がぶつかる感じとか、それによって若干変化する匂いとかまで期待しちゃってたから匂いに関してはもっと欲しかったな〜と思う。戦車道の試合のときに彼女たちがかいでいる匂いを知りたい!ぜんぜん鉄の匂いとかしないから、忠実に匂いがしないことを表していたのかもしれないけど…

予告編のターンで、戦争と戦車、そしてそれによって犠牲になる人びとが描写された映画が映って、戦車が本当は怖いものである事実を忘れるんじゃない、ガルパンの戦車は戯画化されたものなんだ、と念押しされるような心地があった。ガルパンは大きな嘘を孕んでいること忘れちゃいけないな…それはそうとでかい画面とでかい迫力で見るガルパンはよかった!たのしかった!福田の手紙もらえたのもうれしい。あとでちゃんと見たい。ほんとにこの物語いつ終わるんだろう…

 

【いつか行きたい】

◻︎フィッシュセンター